いろは歌 日本語のパングラム

牡丹 雑記(二十四節気など)

すべての文字を用いて作った文をパングラム(pangram)といいます。アルファベットは26文字しかないので工夫すればなんとか作れます。
“The quick brown fox jumps over the lazy dog.”が有名で、タイプライターやコンピューターキーボードのテスト、ダミーテキストに使われます。これは重複文字を許しているタイプで、重複文字を許さないものを完全パングラムといいます。
中国語だと文字数が多すぎてまず不可能です。日本語も漢字を入れてしまうと無理でしょうが、仮名文字のみであれば可能です。有名なものはなんといっても「いろは歌」でしょう。深い意味がしっかり通っているのがすごいところです。

色は匂へど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず

いろはにほへとちりぬるを わかよたれそつねならむ うゐのおくやまけふこえて あさきゆめみしゑひもせす

使われている音韻の研究から、平安時代後期に作られたと考えられています。作者は不明です。
『涅槃経』の偈(げ)「諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽」を和訳したものという説がありますが、定かではありません。ただ「有為」という語は仏教用語で、因縁によって生滅変化する現象世界を意味します。全体の意味も仏教思想を背景としていることから、どこかの僧侶が作ったと考えてよいと思います。
作った目的は分かりません。手習い歌として有名ですが、最初から手習いのために作られたのか不明です。言葉遊びでよいものができたので披露し、流布したのかもしれません。

へちまというウリ科の植物があります。これを昔、糸瓜(いとうり)と呼んでいました。のちに「い」音が落ちて「とうり」と呼ばれました。いろは歌で「と」は「へ」と「ち」の間にあります。そこでこの瓜を「へちま」と呼ぶようになったそうです。

現代でも使用されているイロハというと、音階です。「ラ」を始まりとして「ラシドレミファソ」は「ABCDEFG」の音名がついています。これに日本で「イロハニホヘト」をあてました。よって、C majorをハ長調といいます。

「いろはにほへと」より前、平安時代初期にできたと考えられているパングラムがあります。「あめつち」です。

天地星空山川峰谷雲霧室苔人犬上末硫黄猿 生ふ為よ榎の枝を馴れ居て

あめつちほしそらやまかはみねたにくもきりむろこけひといぬうへすゑゆわさる おふせよえのえをなれゐて

これは言葉をならべている感じですね。しかも最後のあたりは意味がつかめません。なお、硫黄は「ゆわ」と読みます。
「え」が二回出てきていますが、ア行の「e」とヤ行の「ye」を区別していた名残であろうと考えられています。

また似たものに「たゐに」があります。

田居に出で菜摘む我をぞ 君召すと求食(あさ)り追ひ行く 山城のうち酔へる子ら 藻葉干せよえ舟繋けぬ

たゐにいてなつむわれをそ きみめすとあさりおひゆく やましろのうちゑへるこら もはほせよえふねかけぬ

よくできていますが、むしろ「いろは」がいかに傑出しているかの確認をした思いがします。パングラムを自作するとして、意味が通ったとしても、深い内容にならなそうです。
組み合わせパターンの問題だとすると、いつかAIが傑作パングラムを作ってしまうかもしれませんね……

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