ローウェル城の密室 [小森健太朗]

塔 小説を読む

 このサイトの全ページは場合によりネタバレしますよと宣言している。本作についてはそのことを再度ご確認のうえ以下に進んでもらいたい。

 忘れもしないお話はたくさんあるが、この小説もその一つ。筆者はこれを昔、図書館で借りて読んだ。よくおぼえている。書店でみかけたおぼえはない。題名に「城」と「密室」だ。なんだか面白そうではないか。予備知識もなしで読んだ。題名から密室物の推理小説かと思ったが、前半はファンタジー小説のよう。後半でやっぱり推理小説らしくなってきた。そして最後のトリック、種明かし。筆者としては楽しい読書体験だった。
 あとになって調べてみると、本作は1982年に江戸川乱歩賞の最終候補に残ったものらしい。しかも作者は当時16歳。図書館で借りた時はそんなことは知らないままだった。出版されたのは1995年。賞への応募からずいぶんと時間が経っている。筆者の推測だが、このころ作者が作家デビューしているので、過去の候補作を掘り起こすことになったのではないだろうか。
 本作に否定的意見もあることは十分理解できる。驚きとともに「それはやっちゃだめなやつでしょ」という読者だっているだろう。三次元世界の主人公たちが二次元の漫画世界に入る。この不思議な状態を認められないと、この本は投げ出すしかない。推理小説・ミステリーを期待して読む人は、早く謎解き、早く殺人(少なくとも事件の始動)と思っているので、本作の展開は冗長じゃないかという意見になる。推理小説らしい話のひっぱり方になっていないからだ。推理小説としてどうですかと訊かれれば、筆者も一瞬ためらう。しかし最初に読んだ当時はもちろん今でも、筆者はこういう小説があってもいい、面白いと思っている。
 ジャンルがないと本を手に取るきっかけを与えることができないので、ジャンルの必要性はあるのだが、本来ジャンルがあって小説があるのではない。小説があり、それを分類したものがジャンルなのだ。「あとから来た」ジャンルに適合しているかどうかで小説を判断するのはおかしいのではないかと筆者は思う。筆者がこの作品を今でも否定しない立場なのは、小説ではなんでもありなんだという可能性をみせてくれるからだ。
 これは筆者の意見だが、小説内にその世界でしか通用しない規則・法則があってもよいと思う。読者が認めて、ついてこれれば。それでもよくないと思うのは、その規則・法則を「作者が」破ることだ。そこまでいくとお作法がなっていないと思う。
 本作はオチへのフリもちゃんとあり、さらに密室殺人が不可能であることを丁寧に証明してみせた。そのうえでトンデみせたのである。誰も入れない塔の上の密室で、殺人はいかにしておきたか。真相は、犯人はこの漫画のページがめくられるとき、対面のページから被害者に手を伸ばして殺した。賞を受けていたら喧々囂々だったろうことは想像される。いまとなっては知る人ぞ知る小説として、本の海の中に埋もれている。
 「密室」なるものじたいが、ミステリー界(?)がつくった遊びのフレームなのである。時代が何周かして密室そのもので遊ぶ傾向が流行れば、あるいは本作もふたたび(やはり怪作としてかもしれないが)振り返られるかもしれない。