2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻した。事態は現在も進行中だ。このような出来事を記録しておかなければならないことは心苦しい。ここでは歴史的背景を主に振り返りつつ、今後についても少し書きたい。
ウクライナの首都キエフには、かつてキエフ公国が存在した。これは北欧のノルマン人がつくった国で、住民をスラヴ人とする。ウクライナはロシア人の故地といってよい。十三世紀になるとモンゴル帝国がこの地域にもせまり、キエフ公国は滅んだ。モンゴルが去ると、ウクライナ東部はモスクワ大公国、西部は大国化したポーランドのものとなった。実はこの二分割が現在のウクライナ情勢にも影響している。西側はヨーロッパに近しい感情をもっているが、東側はロシアに近しい感情をもっており、これはウクライナ大統領選の投票行動にもはっきり表れている。
ロシア革命後、ウクライナはロシア等とともに社会主義共和国連邦を形成した。ロシア人とウクライナ人はルーツを同じくするといわれ、良く言えばロシア人はウクライナ人を同胞も同然と思っている。ただ悪くいえば、言うことを聞いて当然の子分だといまだに思っている。
長い国境線をもっていることは、侵入してきた軍団に対して二正面・三正面作戦を迫られる危険性があり、国防上けして有利ではない。そこでロシアのような国は、周辺に緩衝国を置くことで電撃的に敵国が侵入してくる事態を避けようとする。ウクライナの西側諸国への接近は、ロシアの国防に直結するとプーチンは思っている。プーチンにとってNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大は、ロシア封じ込め策以外のなにものでもない。
ウクライナは、現在はそれほど豊かな国ではないが、人口が多く、穀倉地帯であり、地下資源に恵まれ、しかも黒海の北岸に位置して地政学上重要な位置にある。2014年のクリミア併合も、クリミアにある軍港セヴァストーポリ(セバストポリ)を奪取することが目的の一つであったものと考えられる。セヴァストーポリは元はロシアが建設したものだが、当時はウクライナから有償で租借していた。ウクライナはセヴァストーポリの返還を要求しており、これに対してロシアはセヴァストーポリを含むクリミア全体を取り戻す算段を練ったものと思われる。クリミアはロシア人が多く、歴史的にもソ連時代にロシアがウクライナに移譲した土地であって、住民の親ロシア感情が強い。
今回のドネツク・ルガンスク地域もクリミアほどではないがロシア人が多い。住民保護というのは軍を進める口実になりやすく、今回もそこを入口とした。敵国内の独立派を支援して独立宣言させてからそれを承認し、住民が望んでいるからという理由で軍を進駐させる。歴史は同じようなことを繰り返しているのか。さらにドネツク・ルガンスク進駐にとどまらず、キエフやハリコフなど主要都市を目指してロシア軍が進軍した。作戦の初期には、クリミアのときも出現した特殊部隊が、ロシア軍本体が入る前の破壊工作をしたようだ。ロシアは数日中にキエフを落とせる公算があった模様だが、制空権の完全掌握に失敗したことと、ウクライナ軍の強い抵抗により、すばやい進軍はできていない。
中長期的には効果がでてくるとしても、短期的には、経済制裁によってロシアが軍を引くとは考えにくいと思うべきだ。やると決めたものは絶対やると腹をくくった人間を、マネーやひもじさで屈服させることができない場合があることを、裕福な人は忘れがちだ。ロシアにとって懸案だったウクライナ問題を解決できるなら、経済的我慢なんてなんでもない。そう考える人がいたって不思議ではない。
では今後はどのような展望が見いだせるのか。一つは、ウクライナ軍が勝利してロシア軍の影響を完全に排除すること。これが可能なのかどうかは現時点では不透明だ。作戦がうまくいかない場合、まさかとは思うが核兵器というオプションもロシアにはあるのが不気味だ。
もう一つはもちろん外交交渉で、最終的にはそこに戻るしかないのだが、現時点では双方椅子を蹴って立ち上がってしまった状態なので、やはり先行きは不透明だ。戦闘を継続しながら停戦協議も行われたが、時間稼ぎの域をでない可能性もあり予断を許さない。ウクライナ側は楽観視せず全力で戦う以外にはない。
最後の一つがあるとすれば、それこそ望み薄かもしれないが、この長い専制政治にロシア人たち自身がノーと言うこと。今はその声もかき消されてしまうのだろうか……? プーチンは2024年までは大統領でいる。その後再選されるのか、事態の推移は予測しがたいが、プーチン自身は高齢のためかつてのような筋肉パフォーマンスなどができなくなっており、一部では体調もよくないところがあるのではないかと言われている。もしかしたら自分の政治家人生の最後にやり残したことがないよう決着をつけたい気持ちがあるのかもしれない。プーチンが失脚するとしても、選挙に出ないなどの穏便なものから、クーデターと呼べるようなはげしい交代劇まで様々に想定できる。ただし、プーチン後もプーチンの側近が大統領になる可能性があり、プーチン失脚といっても「プーチン色」の残るロシアであり続ける可能性もある。
世界にとっての吉凶は、まだ見通せない。
コメント