辰年 りゅうが象徴するもの

田沢湖 雑記(二十四節気など)

 2024年(令和六年)は十二支で辰年です。このサイトでは何度か書いているように、十二支は事物の生成消滅を表しており、動物はあとからあてられたものです。この辰にちなんで、今回は龍(竜)について書きます。
 ここでの龍はもちろん東洋(中国)の想像上の動物です。世界中の伝説にみられるドラゴン(またはそれに類する巨大爬虫類)の東洋バージョンとして紹介されることが多いですが、筆者は西洋のドラゴン(dragon)と東洋の龍は系統が異なると考えています。生物学でいうところの収斂進化のように、別の系統からやってきたものが、姿かたちが似ていたので同じカテゴリーに入れられたものと考えています。
 ドラゴンと龍はそもそもその性質が異なります。ドラゴンはあくまで悪であって、その由来は蛇であり、西洋では蛇蝎のごとくといえば字義そのままに、忌むべきものを象徴していました。楽園に住んでいたアダムの伴侶イブ(エヴァ)をだまして知恵の実を食べるようそそのかしたのは蛇でありますし、レッドドラゴンという滅びの象徴も聖書には出てきます。悪い蛇はのちにサタンといわれる存在と同一視され、悪の権化のような表象として西洋文化ではあらわれます。
 一方で、龍は吉兆を表し、とてもめでたい動物です。古代には実在の動物と考えられていましたが、といっても普通の動物ではありません。長い体をもっており、翼もなく宙に浮き、天を飛びます。西洋のドラゴンは、有翼であれば飛ぶ性質があります。龍が長い巨体で翼もなく空を飛べるのはなぜか? それは神通力とか霊力とか言う以外にありません。東洋の龍は霊獣なのです。水の守護とともに水の氾濫を象徴しています。天に昇れば雨を降らせます。その由来には面白い説があって、鰐(ワニ)からきているのではというものがあります。鰐が中国にいるの? と思うかもしれませんが、実は昔多くいたようなのです。今も少数は残存しているようです。鰐が由来と言われてみると、水神としての性質や、顔もそういえば鰐の系統と思えます。
 龍の体は、他の動物との類似点が九つあります。角は鹿、頭は駱駝、目は兎、項(うなじ)は蛇、腹は蜃(しん)、鱗は鯉、爪は鷲、掌は虎、耳は牛に似るとされます。一つ分からないものが入っていたと思います。蜃は想像上の動物で(想像上の動物の定義に想像上の動物が入っているというカオス)、大きな蛤(ハマグリ)を指します。蜃気楼はこの蜃がはく気によって起こるとされました。ただ、腹がハマグリというのはよく分からない……。そこでこの伝説の蜃はもう一つの意味である蛟(コウ)を指しているとしましょう。蛟は「みずち」とも読み、日本ではまた別のものを指しますが、ここでは混乱するのでみずちは置いておきましょう。ただ、蛟(コウ)としてもそれが意味するものが難しい。蛟は龍の属や龍の幼生とするのが一般的ですが、それでは龍の特徴に龍が入っていて、ここでは疑問が残ります。筆者はこの部分が鰐を指しているのではないかと思うのですが、どうでしょう。

 現在の秋田県に田沢湖という湖があります。この近くに村に、昔、辰子(たつこ)という娘が家族と住んでいました。辰子はたいへん美しく育ち、ある時自分でもそのことを自覚します。そして辰子は、この美をいつまでも保ちたいと思うようになりました。辰子は近くの大蔵観音(おおくらかんのん)に百夜詣でて、永遠の若さと命を観音菩薩に願いました。満願の夜、辰子は観音菩薩のお告げを聞きます。それによると、ある泉の水を飲めといいます。告げられた場所の泉の水を飲んだ辰子でしたが、すぐに喉が異常に渇いてきました。泉の水も周囲の水も飲みつくして、まだ渇きが癒えません。狂ったように水を飲む辰子の身は、気が付くと龍となっていました。辰子は家族のもとに帰らず、田沢湖に隠れ棲むようになりました。
 一方、田沢湖の北にある十和田湖あたりには、八郎太郎という男がいました。八郎太郎はある日、仲間の大切なイワナを勝手に食べてしまい、それから喉の渇きがおさまらなくなりました。八郎太郎は水を飲み続け、ついには龍となって十和田湖に棲みつきました。その後、八郎太郎は南祖坊という修行僧に戦いを挑まれて負け、西に逃げて八郎潟という湖をつくり、そこに棲むようになりました。
 やがて、八郎太郎は田沢湖に棲む辰子に恋をするようになりました。毎年冬になると、八郎太郎は八郎潟から田沢湖に通うようになったのです。そんな八郎太郎の前に十和田湖から南祖坊がやってきました。南祖坊は辰子を狙っています。今度は負けるわけにはいきません。八郎太郎は今度こそ戦いに勝ち、以来、八郎太郎は田沢湖で辰子と暮らすようになりました。主が去ってしまった八郎潟は水量が減ってほとんど干上がってしまい、逆に田沢湖の水量は増えたといわれます。
 現代の測量で田沢湖の水深は423.4メートルあり、日本で最も深い湖です。田沢湖が面積のわりに水量が多いこと、昔の人は知っていたのでしょうかね……?

 自然の激しさを表していた龍は、時代が下ると、人の内面の激しさを仮託するようにもなったようです。
 激しさを内に秘めつつ、昇龍の年となりますかどうか。

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