『椿姫』は、十九世紀フランスの作家アレクサンドル・デュマ・フィスが、実体験を交えて書いた小説だ。フィス(fils)は子の意味で、英語のジュニア(Jr.)にあたる。父は『モンテ・クリスト伯』や『三銃士』で有名なアレクサンドル・デュマである。子と区別するときはデュマ・ペール(父)とすることもある。父デュマ・ペールがロマン主義作家なのに対し、子のデュマ・フィスは自然主義的な作風をもつ。
本作はオペラとしても上演され、デュマ・フィスの作品の中でも特に名前が知られている。内容は主人公アルマンと高級娼婦マルグリットとの恋・悲恋で、解説など添えなくても読んでいただければ理解可能と思う。しかし日本人にいまひとつわかりにくいのは「高級娼婦」という職ではないだろうか。筋の説明などするよりその説明をしたほうがよほど作品理解の助けになると思うのでここに書く。
高級娼婦という名前だけ聞くと、日本人は自国の文化からの連想で花魁・太夫のようなものかと思うかもしれないが、全く違う。高級娼婦というのは公娼ではない。この分け方でいうなら私娼である。花魁や太夫は遊郭という制度・組織の中にいるので公娼にあたる。男に囲われて生きる女ということなら、では妾(めかけ)・愛人のようなものか。だが彼女たちが複数の男と関係することを誰も止めることはできない。彼女たちの奔放さは単に囲われている愛人ではなく、たしかに娼婦でもある。彼女たちは女優などの肩書をもち、広いようで狭いパリで知らぬ人はいない噂の種である。分かりやすく現代でいえば、芸能人やタレントとして活動している人が、どうぞわたしに「値段」をつけてくださいと看板を出しているようなもので、これは今でこそ無茶な存在に感じるが、十九世紀以前のフランスにはそのような人たちがいたのだ。芸能人という単語を出すと、枕営業ですかという人も出かねないが、これとも違う。業界人とコネクションをつくることが主目的ではない。彼女たちは性行為によって暮らしを立てているので、それは職業といってよく、名付けるならやはり娼婦というほかない。だが一般の娼婦、つまり娼館の公娼や街で男を連れ込む私娼とは一線を画していることから、区別して高級娼婦、クルティザーヌ(courtisane)という。
一般人から高級娼婦に対しては、憧れもあるし、蔑(さげす)みもあるし、妬みもある。高級娼婦側には、享楽と不安と、低く見られてたまるものですかという意気地がある。高級娼婦の多くは、元は田舎やパリ郊外のただの平民の娘である。それがどこかで運をつかみ、教育を受け、社交界に片足を入れる。この社交界については、結局貴族ではない彼女たちが踏み込んだ世界はフランス社交界のすべてではないという意味で、半社交界(ドゥミ・モンド)と説明することもある。
また、もうひとつおさえておいてもらいたいのが、当時のフランスでは売春はまったく犯罪ではないということだ。当時のフランス当局が力をいれだしたのが、性病の蔓延を懸念して、街に立っている私娼を取り締まることだ。これも売春をやめなさいというものではない。そのようなことをするのであれば公娼として登録しなさい、というのが当局の命令なのである。そこで私娼たちは立たずに歩きながら客を探したり、家の中の窓際に座って客を待ったりしたのだった。
本作の主人公アルマンが恋するマルグリットには実在のモデルがいる。それはマリー・デュプレシスという高級娼婦で、当時のパリ半社交界では有名人だった。なお、マリー・デュプレシスの名も芸名のようなもので、本名はアルフォンシーヌ・プレシ。彼女は幼くして母を亡くし、成長してある程度美しくなると、飲んだくれで暴力をふるう父から金欲しさに男の相手として差し出された。やがてこの父娘のまわりで、この二人が関係をもっているいう噂が立った。真相はよくわからないが、二人が田舎からパリへ逃げるように越したのは事実である。アルフォンシーヌは仕立て屋でお針子(グリゼット)として働き始めた。当時のパリは服飾産業の需要が高く、お針子は女子労働の典型だった。同時に、お針子は娼婦への入り口でもあった。ここから公娼や私娼に人生が分岐していく少女はたくさんいた。そのなかで、金持ちの囲われ女になることは運のいいほうである。アルフォンシーヌはパレ・ロワイヤルにあるレストラン店主に気に入られ、うまくその道にのった。上流階級の男が顔を出す可能性のある舞踏会に参加したアルフォンシーヌは、公爵の息子アジェノールと知り合う。当然のように公爵子息に乗り換えたアルフォンシーヌの人生は変わり始めた。アジェノールは家庭教師をつけてくれ、アルフォンシーヌは読み書きを習得した。音楽を習い、礼儀作法を訓練された。アルフォンシーヌはクルティザーヌとして社交界にデビューする階段を登り始めたのである。やがて若きデュマ・フィスと出会って恋をし、別れ、様々な人物と浮名を流しながら伯爵夫人におさまったが、結核におかされて二十三歳で亡くなった。マリーが亡くなったことを知ったデュマ・フィスは、彼女との思い出を材料にして小説を書いた。それが『椿姫』である。主人公のアルマンが、というより、書いている作者がちょっと感傷的なのではないかとも思える書きぶりなのであるが、上のような経緯を考えると、そこは大目に見てよいと思える。彼女たちに寛大な心と許しを与えてくださいとうったえるデュマ・フィスには、鎮魂の思いもあったのではないかと想像できるのである。